ナポレオン・ヒル財団 アジア/太平洋本部 公認代理店 サクセスアンリミテッド愛知

愛知・名古屋、岐阜、三重を中心に全国へナポレオン・ヒル博士の「成功哲学」を身に付けるための脳力開発プログラム 『ナポレオン・ヒル・プログラム』の普及と 「成功哲学セミナー」と「コーチング」を通じて、プログラム・ユーザーの皆様の成功をサポートしています。

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THE NAPOLEON HILL PROGRAMS

国や時代を超えて支持され続ける成功ノウハウ

百年の歳月をかけて熟成された成功哲学の神髄

「勝ちぐせ」を「身につける」ための最適な成功ノウハウそれが『ナポレオン・ヒル・プログラム』だ。

初期の完成は1928年。アメリカのナポレオン・ヒル博士が、20年もの歳月をかけ、著名な成功者507名の協力を得て、彼らの成功の秘訣を研究し、検証して生まれた画期的なものだ。その後、時代の要請もあり、W・クレメントーストーンらによる改訂などを経て、1988年に完成された最新版では、協力者のリストになんと実際の成功者、合計2000名が新たに名を連ね、格段に完成度を高めている。

 現在発表されている自己啓発論といわれるもののほとんどは、ナポレオン・ヒル博士の成功原理を踏まえているともいわれ、世界的成功者の多くがプログラムの実践者であるという事実もある。ナポレオン・ヒル博士が手掛けてから実に百年近い年月が経っている今も、世界中で絶大な信頼を得ている所以である。

ヒルと力-ネギーとの出会いから生まれた成功プログラム

カーネギーとヒルの出会い

1908年、当時アンドリュー・力-ネギーはすでに、世界的に有名な鉄鋼王であり大富豪となっていた。彼は常々「人間が金を持ったまま死ぬことは不名誉である」と語り、事実力-ネギー・ホールをはじめ、約3000もの公共図書館を寄贈している。にもかかわらず、彼にはまだやリ残した大事業があった。

 「すでに私が実証済みの成功ノウハウがある。しかし多くの人は試行錯誤を繰り返し、失敗によってその才能をすリ減らしている」。彼は、自分の成功哲学を、ほかのいかなる富よりも貴重な財産だと考え、それをすべての人々と分かち合いたいと願ったのである。 ある日、そんな力-ネギーのもとに一人の青年記者がインタビューに訪れた。彼の名はナポレオン・ヒル。これが、大学の学費を稼ぐために雑誌記者をしていた25歳のヒルと、73歳の力-ネギーとの出会いだった。

 インタビューは三日三晩を費やした。ヒルの脳力を見抜いたカーネギーは、ヒルと寝食を共にし、自分の培ってきた成功ノウハウについて語り続けたのである。そして三日目の夜。力-ネギーはヒルにこう提案したのだ。「どうだろう、私の得た成功ノウハウをひとつのプログラムとして完成させてみる気はないかね? 私の知り合いの成功者たち500名を紹介しよう。彼らの協力を得て20年で完成させるのだ。ただし資金の援助は一切しない」。ヒルはこの提案に29秒でイエスと答えた。その時、彼のポケットには帰りの電車賃しかなかったという。

多くの成功者が実践し、磨き上げた成功プログラム

カーネギーが紹介した成功者たち

カーネギーが紹介した協力者の中には今では誰もが知る、トーマス・エジソン、ヘンリー・フオード、グラハム・ベル、ライト兄弟の名前もある。数々の苦労の後、二十年を経て、ヒルは約束通り初期のプログラムを完成させた。

 このプログラムは当時の人々から熱狂的な支持を得、また多くの成功者たちを生み出していった。そしてヒルも成功哲学の第一人者として大成功をおさめ、成功哲学の体系化を行うだけでなく、彼自身その哲学の体現者となったのだ。

 『ナポレオン・ヒル・プログラム』の継承者W・クレメント・ストーンも、このプログラムを用いて成功した一人である。彼は世界最大級の特殊損害保険会社、エイオンコーポレーションの会長であり、全米有数の大富豪となった。

 1952年、引退していたヒル博士を説得し、ストーンは、時代に対応させるべくプログラムの大改訂に着手した。1988年の完成までに、協力した成功者は実に2500名を超えた。そして成功哲学のさらなる普及と発展を目的とした組織もつくられ、現在に至っている。

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